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無職だけど生きている

茨城でひっそりと生きている28歳無職です

真面目な人は損をする

学習塾 考えてること
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 ツィートした通り、昔から友人などからは「真面目だね」とよく言われてきました。

 

 これについてだけは学生時代に一貫して言われ続けてきたのもあって、自分の長所かなと思ってます。

 

 

 

 ただ最近思ったのは、ここで言う真面目さが「物事に対する取り組み方」での話であればいいのですが・・・・いわゆるイエスマン的な人を真面目というのは違うのかなと思いました。

 

 

 

 

 思い当たるのが塾講師をやってた頃で、この頃は基本上司や社長の言うことには素直にすべて従うようにしていました。

 

 それが許容の範囲内ならまだいいです。

 

 何か納得いかないのが、やたらと教室の改装作業など手元の仕事に全く関係ない

雑用的なことに駆り出されたこと。

 

 こっちは授業の準備やテキスト作成で手一杯なのに、県内各地の教室の改装を業者とともに僕だけ何故か手伝わされ、まともに定時内では仕事できないので、そのせいで

残業ばかりが増えました。(給料は全く変わらないし、僕だけその作業のために2時間早く出社するとか)

 

 

 百歩譲って仕事の少ない新人の頃ならまだわからなくもないのですが、これが辞めるまでずっとでした。(5年目になってもやりました)

 

 

 ちなみに後輩も何人かいたのですが、それでも手伝うのは基本僕だけ。

 

 

 あとで同僚伝いに聞いたのですが、僕が駆り出されたのは「頼みやすいから

断らなそうだったから」とのことでした。

 

 

 この会社で僕は多分頼みごとを断ったことはないです。それこそ自分の仕事のペースが鈍ってしまうのもありましたが頼まれると何かわかりませんが断れませんでした。

 

 

 正直今思うと、こういう頼みごとにかなりの時間を割かれてたと思います。なので全体の仕事量はかなりあるのですが、その中で自分自身の仕事を全うできたかと言われたら、できてないです。

 

 

 そんなこともありましたが、会社内でも真面目と言ってもらえてました。

 

 ただ結局これが、物事に対する取り組み方というよりは・・・・

 

 

 

 ・扱いやすい

 

 ・何でも言うことを聞く

 

 

 

 ということなのかなと思います。

 

 

 あー、こりゃ立派な社畜だ(笑)

 

 

 

 そんな経験もあり、最近は真面目という評価に多少に疑問を持つようになりました。

 もちろん真面目と言われること自体は嬉しいのですが、それがどういう意味で言っているのかは、もう少しちゃんと考えてみようと思いました。

 

 

 一歩間違えると、相手にいいように使われて操り人形になってしまうからね。