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良い思い出のないテニス部。でも学んだこともあった。

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ryota0622.hatenablog.com

 

 前回の記事で高校の演劇部にいた時のことを紹介しました。

 ハーレムでなかったとか言いましたが、部活自体は楽しかったし充実したものでした。部活の同期や先輩、後輩、顧問の先生とは今も付き合いがあるくらいです。

 

 そんな楽しかった高校の部活とは対照的に、中学の部活は楽しくなかったというか充実してなかったというか・・・・あまりいい思い出がないところもあるので今回はそれについてです。

 

 1年生

 テニス部に所属したわけですが、元々はテニスの経験は全くありませんでした。

 (そもそもスポーツ全般が得意でもなかった)

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 たまたま1つ下の後輩がテニス教室に行くということで、親同士が仲良かったともあり成り行きでそれに行くことになりました。そういえば、僕が中学入学すること頃は「テニスの王子様」がアニメでやり始めたころでその影響かテニスも流行りつつありましたね。

  

 

 3日間だけで超短期でしたがラケットの扱い方、打ち方、ゲームの流れなど、超基本手レベルのことはここで学びました。

 

 

 その流れでテニス部に入部。僕の学年は15人いたけど、半分くらいは少年団も兼任してたので、上手かった。逆に僕は初心者レベルなので全然でした。ランク的にも一番下かその一つ上くらい。

 

 1年生の頃はそうは言いながらもそれなりに楽しく、まぁ充実していたかなと。

 

 ちなみにこの年の3年生は個人では関東まで行き、団体も市内では優勝するなどけっこう強かった。とにかく1年生の時は楽しかった。

 

 

 2年生

 問題はここからで、まず顧問が異動につき変わりました

 その新しい顧問が前の顧問とは全く違うタイプの方で、とにかくテニスうんぬんよりも礼儀や挨拶、時間などに非常に厳しい先生でした。

 

 例えば時間に関しては遅刻厳禁で、僕は一度だけ朝練を1,2分遅刻したことがあったけど、参加させてもらえませんでした。(+めちゃくちゃ説教されました)

 

 あと挨拶は先に生徒が練習していて、途中から顧問が来るのだけれど、そこで来たら全員がいったん手を止めて挨拶するのだけど、それがちょっとでも抜けているところがあると、即刻練習中断して走らされました。

 また僕の代はそこそこ荒れているのもあったので、顧問を怒らせるのもしょっちゅうというか毎回で、この頃はラケットでボールを打つよりもほとんど走った記憶しかないくらいです。連帯責任で。

 

 ちなみにある日、怒られて走ってる最中に手の指を蜂に刺されたことがあったけど、その日は最悪の雰囲気の中走ってたので、刺されたことが言い出せずそのまま2,3㎞走りました。

 さすがに痛みが増して少し腫れてきたので、さすがに刺されたことを言って保健室で応急処置をしてもらいました。

 

 

 今思えば、人としてどうあるべきかを教えてくれたところもあると思うので、顧問のやってることも全てが間違ってるとも言えないけど、当時は思春期真っ只中の子供だったのでそこまでは考えられず、その顧問に対する反感が広がっていきました。

 

 そんなこともあり、部はかなりギスギスしており、同期の八つ当たりを受けることもよくありました。とにかく最悪の雰囲気でした。

 

 3年生

 そんな悪い雰囲気は3年生になっても変わらずでした。

 しいて言えば3年生になるときに副顧問に新しい先生が着任して、その先生は緩いというわけでもないけど、生徒の話をしっかり聞く先生だったので、顧問よりは生徒に好まれてました。

 

 3年生になっても走らされるのは変わらず、走りすぎが原因かわからないけど、総体のちょっと前くらいから慢性的なひざ痛に悩まされるようになりました。

 (結局このひざ痛が1年くらい続いた)

 

 ほぼ常に少しだけど痛い状態が続き、そのまま総体をむかえて、痛みを我慢しながらプレーしたけど結局最後は痛みに負けて終わった感じでした。

 

 最後負けた直後は、生まれて初めて人前で号泣しました。

 

 ちなみに部としての成績はというと、団体は市の大会で負け、個人も例年は3,4ペアくらいが次の大会に勝ち進んでたのに、この年は1ペアだけでした。

 (前年も同じ感じでした。)

 

 

 

  引退、その後

 夏に引退した後は、受験勉強しかやることがなかったのでひたすら勉強しました。

 嫌々行ってた部活から解放されたのもあり、これ以降は楽しかったです!

 

 

 ところが理由はよくわからないけど、10月だか11月の中途半端な時期なのに、その顧問が学校を去ることになりました。

 真相は分からないけど、けっこう生徒とのいざこざもあったようなので、それかなーと勝手に思ってはいますが。

 

 それ以降の消息は全く分からなく、結局悪い先生ってイメージを皆に持たれたまま、いなくなってしまいました。

 

 

 今、思うこと

 当時はさすがに僕もいいイメージはなかったけど、今大人になって思うと、嫌な所もあったけど人としてあるべき姿を教えてくれたという点では良い先生だったと思います。

 

 実際これ以降、挨拶や礼儀、時間には気を遣うようになったし、実際真面目なイメージをいろんな人に持ってもらえてるようなので、その原点があるとしたらもしかしたらこの頃なのかなと思います。

  

 ただこういうことがあったので、当時は高校の部活はテニスは絶対やらないと思い、高校も演劇部の誘いがなかったら、どこの部活にも入らなかったでしょうね。

 

 

 ちなみに僕の代の前後はこのような顧問のいざこざもあってか、成績的には低迷したそうですが、副顧問が顧問になってある程度たったら立て直したそうで、数年後にはまた強豪と言われるレベルまで持って行けたそうです。