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無職だけど生きている

茨城でひっそりと生きている28歳無職です

住む場所働く場所は他人が決めるんじゃなく、自分で選ぶもの

考えてること 昔の話 プロフィール
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www.atusi-sora.com

  こんにちは、これまで何度か父の転勤を経験してたりょうたです。

  転勤に関しては賛否両論なようですが、今回の記事では僕の経験と考えをまとめてみました。

 

  

 

 

  父の転勤はあった①

 僕は今は茨城県在住ですが、生まれは仙台でした。

 

 ただ仙台は母親の実家で里帰り出産で戻ったもので、当時は宇都宮に住んでました。

 

 

 そこから2歳か3歳の頃に隣の下野市(当時は南河内町だったかな?)に引っ越して幼稚園年中まで過ごす。

 

 年長に上がる頃に父の転勤で今も住んでる茨城に引っ越してきました。

 

 

 転勤じゃないけど、大学の時だけ神奈川県の大和に住んでましたが、卒業とともに茨城に戻りました。

 

 

 ざっくりいうと、

 

 仙台→宇都宮→下野→水戸ってところですね。

 

 

  父の転勤はあった②

  下野にいた時に家を建てたのですが、そのちょっと後に茨城への転勤になったとか。

 家は手放し、転勤したわけですが、家を建てた後に転勤って金銭的に大丈夫だったかな?、と今になって思います。

 

 まぁ時期的に会社が儲かってたであろう時期なのでタイミングは良かったでしょうけど、今の時代にこれやられたらダメージはでかいだろうな。

 

  ちなみに僕が大学に行った頃に、さらに東京への転勤の話もあったそうですが、断ったそうな。

 

  あとは会社を退職して、別の会社に転職した際は福島の方に転勤というか配属になった時期もありましたが、この時は一時期でしたが単身赴任でした。

 

 

 

 自分の仕事の時は

 僕がこれまでにいた会社がどこも規模はそれほど大きくなかったので、転勤はありませんでした。

 ただ塾講師に関しては、教室が県内のあちこちにあったので、県内のかなりの範囲を移動してました。茨城県の北半分の主要な市、はほぼ仕事で行きました。

 

 塾以外も地元の色が強かったので多少県内を動くことはあっても、県外への転勤はありませんでしたね。

  とは言いつつ、県内あちこちに行くので、場合によっては車で1時間くらいかかることもありましたけど(笑)

 

 

 僕の昔の友人の中では、大手企業で関西の方で働いてたのが、近々外国(台湾だったかな?)転勤になったとかありますね。

 いとこも金融関係の仕事をしてますが、全国規模の会社だそうで、東北出身ですが、今は関西にいるそうな。

 

 

 当たり前ですが、会社の規模が大きいほど転勤の率も上がりますね。

  

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 まとめ

 僕自身はもし今後自分が必要と感じれば、県外に出るのもためらいはそこまではありません。(引っ越し云々は面倒だけど(笑))

 

 逆に会社にいて会社から一方的に転勤ってなるのは嫌です。

 

 住む場所くらいは自分で決めたいものです。

 

 

 転勤に限ったことでもありませんが、住む場所など大事なことを他人に決断されるのが怖いし嫌です。

 よく「よく将来のビジョンを考えろ」なんて言いますが、住む場所やどこに飛ばされるか分からないのにビジョンも何もないです。。