著者:長池涼太(ブラック企業研究家)
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今年に入って福井県前知事によるセクハラが話題になりました。この事案は、県知事という行政における絶対的な権力構造下でハラスメントが長期間にわたり黙殺され、組織のハラスメントを防ぐ仕組みなどがいかに容易に機能不全に陥るかが明らかになりました。
この記事では調査報告書をもとに今回の件を分析し、企業や労働者の教訓を導き出すようにして書きました。概要、被害者の視点から見た心理的圧迫と二次被害の構造、そしてハラスメントを許容した組織的要因を深く掘り下げました。
最終的に、これらの分析を通じて、すべての企業や労働者が直視すべきリスクを特定し、講じるべき具体的な対策を解説しました。

ブラック企業研究家
長池 涼太
職業紹介責任者の資格所持。大学でのブラック企業に関する授業登壇の実績あり。当メディア涼しく生きる運営。
ブラック企業において過労死寸前の長時間労働やパワハラを経験。その経験をもとに大学などでブラック企業の実態やブラック企業で壊されたキャリアの再生方法等を解説。
事案の概要:特別調査委員会報告書が明らかにした実態

本件に関して設置された特別調査委員会による報告書は、客観的証拠に基づき、ハラスメントの具体的な内容、期間、そしてその悪質性を公式に認定した点で決定的に重要である。この報告書は、事態の深刻さを社会に明確に示し、すべての組織が学ぶべき議論の礎となる事実を提供した。報告書では、セクハラ行為が大きく2つのカテゴリーで認定されている。
1,000通に及ぶ執拗なテキストメッセージ
報告書によれば、杉本前知事は複数の女性職員に対し、LINEや私用メールで約1,000通もの不適切なメッセージを送信し続けていた。これらは単なる不適切な言動ではなく、被害者に深刻かつ継続的な精神的苦痛を与えた悪質な加害行為です。その代表的な内容は以下の動画でも触れています。
身体的接触を伴う悪質な行為
今回のセクハラは、テキストメッセージによる精神的加害にとどまりませんでした。報告書は、被害者の詳細な供述と客観的証拠との整合性から「信用性が高い」として、以下の身体的接触を伴う悪質な行為を認定しています。
①杉本氏に誘われて断り切れず入った飲食店で、二人がけソファに横がけで座らされ、飲み物を頼んだ後すぐに、杉本氏が、「触っていい?」と言いながら、横から手を伸ばして私の太ももを触ってきたので、私が強く抗議し、杉本氏は手を放して「ごめんなさい」を繰り返し、私は飲食店を一人で出て帰った、②懇親会の席で、私と杉本氏がテーブルの相向いに座っていたところ、杉本氏が私の両足の間に足を入れ絡めてきて、私は驚いて足をすぐに引っ込めたが、非常に気持ち悪い嫌な思いをした、③杉本氏と飲食する機会があったが、私が飲食後のゴミの始末などをしていた際に、突然、杉本氏が背後から私のスカートの中に手を入れ太ももの裏と臀部を触ってきて、私が驚いて振り向くと、杉本氏は、すぐにその場を離れていき、私は突然のことで声も出ず、抗議できなかった
調査報告書 令和8年1月7日ハラスメント事案に関する特別調査委員
これらの行為は、従業員の身体的安全を保障するという企業の基本的な安全配慮義務を根底から覆すものであり、報告書も刑法の不同意わいせつ罪に抵触する可能性を指摘しています。この件が単なる「不適切なコミュニケーション」ではなく、刑事罰の対象となりうる深刻な物理的加害行為であったという事実は、組織がハラスメントを放置した場合のリスクを表しています。
被害者の視点と「セカンドハラスメント」の構造
ハラスメント問題の本質を理解するためには、加害者の行為そのものだけでなく、被害者がどのような状況に置かれ、いかなる心理的圧力を受けていたのかを深く考察することが不可欠である。特に、組織のトップという絶対的な権力者からの加害は、被害者の心理と行動に特有の影響を及ぼし、組織風土の問題を浮き彫りにする。
圧倒的な権力勾配が生む恐怖と迎合
被害者たちは共通して「知事の機嫌を損なうと仕事を失うのではないか」という強い恐怖を感じていた。自身のキャリアや生活が、加害者の一存で脅かされるかもしれないという不安は、明確な拒絶を著しく困難にします。
この極度のストレス下で、被害者の一部が結果的に迎合的な反応を取らざるを得なかったことは、さらなる加害を避けるための生存戦略であり、被害者の対応に一切の落ち度がないことを示しています。「問題を穏便に収めたい」という風土が支配的な組織では、従業員は真正面からの拒絶がキャリアを脅かすことを学習し、迎合的な対応をせざるを得ない状況へと追い込まれます。
被害者の苦痛は、報告書に記録された以下の言葉にも現れています。
- 職員は、知事のストレス発散の道具ではない
- 知事の性的なノリにあわせるような返信をすること自体が極めて屈辱的で
- 自分になんらかの非があるのではないかと自分を責めることもあった
そして、「私は痛みを感じないサンドバッグではない」という悲痛な叫びは、加害者への痛烈な抗議であり、ストレスのはけ口としてではなく、一人の人間として尊厳を認められたいという必死の訴えである。
なぜ声を上げられなかったのか?:セカンドハラスメント・二次被害への恐怖
被害者が長期間にわたり被害を申告できなかった背景には、「セカンドハラスメント(二次被害)」への強い恐怖が存在しました。
セカンドハラスメントとは、ハラスメントを受けた従業員が被害を相談・申告したことによって生じる二次被害のことです。勇気を出して相談したにもかかわらず、相談窓口の担当者や周囲の従業員からバッシングされたり、威圧感のある対応をされたりすることで、被害者はさらなる精神的苦痛を受けてしまいます。
セカンドハラスメントとは?種類や原因、対策について解説 | アドバンテッジJOURNAL
セカンドハラスメントとは、ハラスメント被害を相談・告発したことによって、周囲から受ける誹謗中傷や不利益な扱いなど、さらなる精神的苦痛を指す。調査報告書から被害者たちが声を上げることを躊躇した具体的な理由は以下があります。
- 狭いコミュニティでの噂や、家族への迷惑に対する懸念
- インターネット上での匿名の誹謗中傷に対する恐怖
- 「テキストメッセージぐらいで大騒ぎするな」といった、世間からの被害を軽視する声への不安
- 過去に上司に相談しても真剣に取り合ってもらえなかった経験による絶望感
このような雰囲気だと、被害者を社会的に孤立させ、救済を求める道を閉ざしてしまう。特に、信頼すべき上司が相談を「半信半疑で受け止め」たという事実は、組織の自浄作用が完全に停止していたとも考えられます。
組織的な問題点:なぜハラスメントは見過ごされ続けたのか
この事案が2019年の福井県知事就任以降だけでなく、それ以前から約20年もの長期間にわたり潜在化し続けた背景には、加害者個人の資質の問題だけでなく、福井県庁という組織が抱える構造的な問題が存在した。報告書が指摘するこれらの問題は、特定の組織に限った話ではなく、多くの企業に共通するシステム上の脆弱性を示唆している。
機能不全に陥った相談・通報体制
報告書は、県庁の「内部通報体制の機能不全」を明確に指摘している。具体的には、ハラスメント相談窓口の存在が職員に十分に周知されていなかった点、そして、勇気を出して上司に相談した被害者の訴えが「半信半疑で受け止められ」、担当部署に報告されなかった事実があります。
これは、制度が単に「存在する」ことと、それが「機能する」ことの間に存在する致命的なギャップを露呈しています。相談者が報復を恐れず安心して利用できるという信頼性が担保されなければ、いかなる制度も意味をなさないです。
ハラスメントを許容する組織風土
さらに根深い問題として、報告書は「セクハラの被害を通報しにくい組織風土」の存在を指摘しています。この風土を醸成したのは、管理職の「セクハラに対する問題意識の希薄さ」や、関係者の「問題を穏便に収めたいという姿勢」と考えられます。
たとえば当サイトで情報提供いただいた茨城県内の某企業におけるセクハラでも以下のような事例がありました。
女性が職場の飲み会で男性上司に手を握られる。その場では指摘できず後日、女性の穿破に相談するも「そんなもんよ」と一蹴された。
たとえば女性がセクハラの被害に遭ったとしても、同じ女性なら理解してくれるかというと必ずしもそうはなりません。
特に今回は県知事という組織のトップが加害者になったのは大きなポイントです。権力者に異を唱えることを躊躇し、組織の評判を守るために問題をなかったことにしようとするのは、多くの企業に存在する問題点です。高い業績を上げる役員やエース社員によるハラスメントが黙認されるパターンもあり、同様の悲劇はあらゆる組織で起こり得ます。
福井県前知事のセクハラの教訓:企業と労働者が取るべき対策
福井県のセクハラの事案は、決して他人事ではありません。すべての組織と個人が気にするべき、極めて重要なケースです。報告書の提言と本件の分析を踏まえ、健全な職場環境を構築するために、企業と労働者がそれぞれ実践すべき必須事項をまとめました。
企業・組織が徹底すべきこと

- 経営層・管理職の意識改革の徹底
単なる知識研修を超え、巧妙な権力濫用や心理的支配をシミュレーションする研修を義務化する。さらに、部下からのハラスメント報告を適切に処理しなかった管理職に対し、明確な懲戒処分を科す規定を就業規則に明記し、その責任を明確化する。 - 実効性のある相談体制の構築
制度の存在だけでなく、その機能性を定期的に監査する。年に一度、全従業員を対象とした匿名アンケートを実施し、「ハラスメント相談窓口の場所を知っているか」「相談した場合、報復から守られると信じているか」といった指標を定点観測し、信頼性の維持・向上に努める。 - コミュニケーションルールの明確化
業務に関連した私的コミュニケーションツール(LINE等)の使用は、証拠が散逸し、公私混同の温床となるため、原則として禁止する。このルールを、役員を含む全従業員に例外なく適用し、徹底させることが不可欠である。 - 被害者ケアと二次被害防止の徹底
企業の安全配慮義務は、職場内で完結しない。職場での事案に起因するSNSでの誹謗中傷や個人情報の特定行為に対し、組織が被害者に代わって法的措置(発信者情報開示請求等)を講じることを、ハラスメント防止ポリシーに明記する。被害者を組織全体で守るという断固たる姿勢が、二次被害を抑止する。
何よりも経営者や管理職のハラスメントなどに対する意識改革です。今回のセクハラの件はもちろん知事が一番悪いですが、相談を受けていた上司が半信半疑だったり話をほかのところに持っていくこともなくうやむやにしてしまったのは上司のハラスメントに関する意識や危機感が低かったことも考えられます。
そのため研修など何らかの形で意識改革を図りつつ、相談窓口がちゃんと機能しているかを確認も重要。
また今回の件では被害者がセカンドハラスメントに悩まされたのも大きいので、ハラスメントを受けて通報した被害者がちゃんと守られる仕組み作りも急務です。
労働者一人ひとりが心得るべきこと

- 証拠は最強の自己防衛手段
少しでも不快に感じた言動があった場合、「いつ、どこで、誰から、何を言われ(され)、どう感じたか」を具体的に記録する。本件で約1,000通のテキストメッセージが決定的な証拠となったように、デジタルデータは「言った、言わない」の不毛な議論を終わらせ、権力差を覆しうる最も強力な武器となる。 - 相談先の確保
社内の相談窓口が機能不全に陥っている可能性を常に念頭に置き、社外の相談先を平時から把握しておく。地域の労働局、労働組合、ハラスメント問題に精通した弁護士やNPO法人など、複数の選択肢を持つことが、いざという時の命綱となる。 - 同僚等との連帯
同僚からハラスメントの相談を受けた際は、決して被害者を孤立させてはならない。話を真摯に聞き、適切な相談窓口へ繋ぐなど、連帯の姿勢を示すことが被害者の精神的な支えとなる。ある被害者が語った「通報者を一人にはできない」という言葉の重みを、すべての労働者が共有すべきである。
今回のセクハラはLINEなどのテキストメッセージが証拠として保管されていたことで、立証されました。もし証拠の準備が不十分だったら、セクハラがなかったことにされていた可能性が高いです。
また、社内の相談窓口は重要ではありますが今回の福井県に限らず、窓口が機能してなかったり窓口に通報したとしても加害者の情報が筒抜けな場合もあります。そのため窓口も100%の信用はせずに万が一を考え、会社・組織の外に相談できる人や機関を確保しておきましょう。

たとえば労働局の「あっせん」を活用して賠償金を手に入れたケースもあります。
ハラスメントのない職場環境の実現に向けて
福井県前知事のセクハラ事案は許される行為ではなく、企業も決して他人事と言える話ではありません。
同時にこのようなセクハラの問題やハラスメントが見過ごされるというのは民間企業でも起こっています。メディアでも報じられていますが、報じられるのはあくまで氷山の一角にすぎません。
そして当メディア涼しく生きるを運営する私自身も、企業で働いていた時にパワハラを受けたことがありました。ハラスメントはハラスメントをされているときはもちろん、今回のように加害者がペナルティを受けるなどしても被害者の心の傷はそう簡単には消えません。
そのため企業にはぜひハラスメントを軽く見ずに、しっかり対策してほしいと思います。
涼しく生きるでは大学等の教育機関でブラック企業や労働問題の解説を行っていますが、同時に企業に向けてもハラスメントを防ぐ職場づくりのお手伝いもしています。
ぜひ一緒にハラスメントのない、働きやすい、安心感のある職場を一緒に作れればと思います。


