「誰もが価値ある人」りょうたのプロフィール

ブログの著者

ブログ「フリータイム -Free time-」(旧:無職だけど生きている)を運営しているりょうた(@nr880622)です。

現在は地元の水戸に住んでいて、HSP(後述)と分かったことから「のんびりHSPブロガー」という肩書も名乗ってます。

 

その名の通り、のんびり生きるのが好きな人間です。

会社員時代の苦労から心身ともに余裕のない時を過ごしてきたので、その反動でガツガツ働いて稼ぐよりも、余白のある生き方をしたいと思うようになりました。

簡単なプロフィール

ブログの著者

名前:長池 涼太(ながいけ りょうた)

1988年6月22日生まれ。茨城県水戸市在住。

栃木県宇都宮市、南河内町(現:下野市)、茨城県水戸市と父の転勤で点々。

 

5歳で水戸に来てからは大学を除いて、ほとんど水戸在住。

元々、人付き合いはそれほど得意でない内気な性格。

 

特に高校以降は、休みの日に友人と遊ぶこともほぼなく家で過ごしてました。

大学受験失敗を機に都内の私大に進学し、神奈川県大和市で4年間一人暮らししてました。

 

就活を普通にしてましたが、卒業と東日本大震災が重なったこともあり、内定がもらえずそのまま卒業、帰省しました。

派遣で、地元の建設会社の事務を経験するも、上司のプレッシャーから胃腸炎と鬱病を発症。

これ以上の体調の悪化を防ぐため、2か月で事務を無理矢理辞めました。

 

その後、さらに就活を重ね正社員として学習塾に塾講師(小中学生の数理担当)として入社。

 

長時間労働が横行する業界でもあったので、徐々に体調を崩していきました(胃腸炎、自律神経失調症等・・)

4年勤めた末、体調と年齢(当時27歳)を考慮し退職。

 

その後、地元の農業法人に入社するもわずか3週間でクビになる。

クビになる際、社長から人格否定の言葉をたくさん浴びせられて傷つき、自分に自信を無くしました。

 

転職活動もままならないくらい傷ついている中、ネットサーフィンしている中でたまたまブログという物を知りました。

そこで、

「ブログを通じて人生が好転した」

 

 

「ブログでお金を稼いだ」

 

などの体験談を聞き、僕もブログを始めてみました。

 

ブログをやっていく中で、

「自分と同じような経験をした人がいる」

 

「人によっていろんな生き方がある」

といったことを知りました。

 

また2017年7月~2018年1月までは茨城県坂東市のシェアハウスのリバ邸茨城(現在は移転)に住んでました。

そこで地域の人に役に立つ仕事を積み重ねて、「自分も人の役に立つことができる」と思えるようになりました。

 

その後、再び水戸に戻り現在は主に運転代行のバイトとブログで生活をしています。

最近は自分がHSP(Highly Sensitive Person:刺激に敏感な人)ということもわかり、ほどよく刺激を避けながらのんびり生活しています。

ブログは月間20万アクセス。

現在は、

  • ブロガー
  • オンラインサロン「ブログの学校」の共同運営
  • 本拠地

という3つを軸に活動しています。

2019年6月17日には開業届を提出し正式にフリーランスになりました。

 

↓以下、詳細なプロフィールです。

内気で人付き合いの苦手な学生時代

幼少期~中学校

りょうた

5歳ごろまでは栃木県に住んでいました。

当時住んでた家の近所ですが、たまに深夜になるとバイクの爆音が聞こえるような所でした。

(暴走族かな・・・?)

当時はそれがすごく怖く、これがきっかけか今も大きな音が苦手になっています。

 

友達は人並みにはいました。

一人で遊びたいと思う事もあったりとか。

簡単に言えば、内気で繊細な性格でした。

 

家でゲームをやったり、野球をやったりしてました。

友達が嫌いとかではなかったのですが、何となく毎日一緒に遊ぶのは正直しんどいと思う部分もありました。

とは言え、当時は書道、水泳、塾(週2回)と習い事をやっていたので、ある意味良い具合に友人とは距離が取れていたのかなとも思います。

 

この頃から友達に強く何か言われるとすぐ泣いていたので、本当に繊細な子供でした。

 

高校~大学生

個人的には志望校に受かったのもあり、高校が一番楽しかったです。

とは言え内気な性格はそのままで、あまり自分から前に出たり意見を言ったりと言うのはありませんでした。

 

この頃は休みの日に友人と遊ぶこともほぼありませんでした。

休みの日はひたすらパワプロなどのゲームをやっていました。

同窓会

大学は受験が失敗したのもあり、都内の私立大学へ進学。

元々行きたい大学ではなかったので、正直疎外感みたいなものもありました。
(友人は良い人が多かったですが)

ただ学生寮に住んでたこともあり、その中でも2人すごく仲良くなった別の大学の友人と遊ぶことの方が多かったです。

 

とは言っても月に1回遊ぶくらいだったので、一人で過ごすのは変わらず。

ただ一人でいる事に寂しさなどを感じたことはほとんどなく、むしろ楽しんでいました。

 

思えばこの頃から集団生活や人混みが苦手だったのでしょうね。

また近隣の物音(一般的に騒音でもないレベル)が気になる事も多々あったので、今思うと音に対してかなり敏感でした。

 

就活は普通に民間企業の選考を受けてましたが、やはり集団生活に苦手意識があり自分が会社で働いている姿がほとんど想像できませんでした。

 

とは言え、

会社で働かなきゃダメになる

というのも頭にあったので、流されるように就活をしていました。

 

ちなみに大学入ってすぐくらいに大手のファミレスでバイトにチャレンジしましたが、あまりの繫忙さから鬱になりかけて3日で辞めました

 

会社での苦労の連続。自分は役に立つのか?

派遣事務で鬱寸前に追い込まれる

大学卒業時、東日本大震災と重なったのもあり、就職先が決まらないまま大学を卒業しました。

地元に戻り、たまたま茨城県と派遣会社でやる未就職の支援事業があるのを知り、応募・採用されました。

 

ビジネスマナーなどを座学で学びながら、就職活動をする、おまけに派遣会社の契約社員と言う身分だったので

給料ももらえるというなかなか美味しい?事業でした。

派遣事務の時の写真

支援事業の同期とも仲良くやってました

 

そこでの就活でまず入社したのが、地元の建設会社の事務職。

経理・総務兼任の部署で、加えて電話応対、来客応対など様々な業務を並行してやっていましたが、これがなかなか上達しませんでした。

そんな僕に上司もだんだんイラつきプレッシャーもきつくなり、入社1か月で胃腸炎を発症しました。

 

ただ、「ここで辞めたらだらしないと思われる」という思いから無理をしながらも仕事をしました。

結果さらに1か月後には胃腸炎が悪化し、加えて鬱病寸前の状態にまでなりました。

心身ともに不安定な状態ではありましたが、これ以上は無理と判断し退職を申し出て、入社から2か月で退社しました。

 

学習塾。長時間労働で体を壊す

その後仕切り直しで就活を再開し、地元の学習塾の会社に塾講師として入社。

こちらは建設会社とは打って変わって上司なども良い人が多く人間関係は概ね良好な中で仕事ができました。

りょうた

 

ただ、塾業界はいわゆるブラック企業が多い業界で僕がいた所も例外ではありませんでした。

長時間労働、物理的に多すぎる業務量等・・・・僕もその中で段々消耗していって、胃腸炎や自律神経失調症などを発症し、常に体調が悪い状態にまで陥ってしまいました。

年齢も27歳になっていて、30歳になると転職で不利と言うのは頭にあったので4年やり切ったところで退社しました。

 

転職先の農業法人を3週間でクビになった

2か月ほどで次の仕事先が見つかり、地元の農業法人で正社員登用有りのアルバイトとして働くことになりました。

ただ、仕事の飲み込みが悪いのもあり、この会社をわずか3週間でクビになりました

 

クビを宣告される際に言われた社長の言葉、

 

あなたは価値のない人間です

 

ひどく傷つきました。

これ以後、自信を無くし転職活動もままならなくなりました
(表面上はハローワークに通うなどしてましたが、自分が会社で働けるイメージが全くなかったです。またクビになると思って)

 

こういうのって「気にするなよ!」とか「スルーすればいいじゃん」という意見もあるのですが、そうもいかないのです。

事務や塾講師の時もそうだったのですが、何か心ない言葉を浴びると人一倍ダメージを受けてしまうのです・・。

 

どん底でブログを始める。クビ~立ち直るまで

そんな時にブログに出会う

農業法人をクビになった後、就職することそのものに迷いがありました。

また、同じ目(クビ・長時間労働等)に遭うんじゃないか・・・

 

僕に価値なんてあるの・・・?

 

完全に自信を無くしていました。

 

そんな時、たまたまネットサーフィンしてたらブログを知り、

・クビやブラック企業等、自分と同じような経験をした人がいる

 

・ブログで収益を得ることができる

というような可能性を知りました。

 

ブログを始めた当時はちょうど農場をクビになった少し後くらいだったので、その辺を発信しつつ自分と同じように会社などで苦労(消耗)している人に向けて発信しようと思い始めました。

 

ちなみに僕がブログを始めるきっかけになった方は二人いて、

あんちゃ

2018年2月。水戸のワグテイルにて。クビから立ち直るきっかけにもなり、お礼を言えて良かった

あんちゃさん@annin_book

 

ぺーたーずのしみさん

真ん中がしみさん。ぺーたーずを介して友達になった方もいっぱいいます

ぺーたーずのしみさん@shimi_yurutabiです。

 

いろんな人に出会い、いろんな生き方を知る

ブログを始めてからは、ブログ関係のイベントでたまに東京など遠方にも行くようになりました。

20代の人生戦略論

こういったイベントなどを通してブロガーをはじめいろんな方と出会い、いろんな生き方があるのを知り仲良くなって前向きになってきました。

 

人の役に立つという経験を積み重ねて自信を取り戻す

リバ邸茨城の面々

リバ邸茨城での送別会

現代の駆け込み寺と言われるリバ邸が2017年に茨城県坂東市にもできました。

春先にツィッター経由で声をかけられて遊びに行くようになりました。

 

そのリバ邸茨城が「居酒屋りばてぃ~」を作るためにクラウドファンディングを行って見事にサクセスしました。

そしてその記念に、僕も住むことを決意し2017年の7月からリバ邸茨城(現:いろり亭)に住みました。

 

昼間は依頼があれば何でも屋の仕事をして、夜は居酒屋りばてぃ~の仕事という流れ。

 

特に会社をクビになってから自信を無くしてた僕にとって、何でも屋をやってみて地域の人の役に立つ経験を重ねることで、

僕でも役に立てることがある

と思えるようになったのは大きかったです。

 

具体的には、

・祭りの屋台の手伝い

 

・解体現場の片付け

 

・保育園の屋根の掃除

 

・歯医者の掃除

 

・PCの使い方の分からない社長に変わって、Wordで資料の作成  等

お年寄りが大半の地域のため、当時20代だった僕らはかなり重宝されました。

 

この経験を生かして改めて地元で活動したいと思うようになったので、1月にリバ邸茨城を卒業しました。

 

ブログを通じて仲間ができる

地元に戻ってからは交流会や興味を持ったイベントに参加してみて、さらにいろんな人に出会うことが出来ました。

傾聴cafe

気が付けばブログも始めて2年経ちました。

特にこの2年はブログを起点に

・今まで出会うことがなかったような人に出会う

 

・ブログ収益という、自分の力で稼ぐ経験

 

・様々な生き方、価値観に触れる

 

・自分に自信を持てるようになった

ということができました。

 

主な所で言うと、2018年3月に茨城県笠間市で開催されたドリームプラン・プレゼンテーションに携わったこと。

りょうた

最近はブロガーの仲間も増えてきて、『ブログの学校』というオンラインサロンをブロガー仲間にして師匠のソルティーさん@Solty_gnと運営しています。

 

HSPなどの自分の発信が認められてきて、とても嬉しいです。

ブロガー交流会の写真

リアルな場でもブログ仲間ができて嬉しい

 

僕がブログで発信する理由

僕はHSP。同じような境遇の人に向けての発信

2018年9月のことですが、自分がHSPと言うことが分かりました。

HSPとは、 アメリカの心理学者であるエレイン・N・アーロン氏が提唱した概念で、「Highly Sensitive Person」の略、 「人一倍敏感な人」という意味です。

「感覚や人の気持ちにとても敏感で、ちょっとしたことにも気づく、気遣いに長けている」と同時に、「強い刺激に圧倒されたり、多くの人の中にいると、すぐに疲れてしまったりする」という特徴もあります。

5人に1人の敏感タイプ=HSPとは?「何となく生きづらい」と悩んでいる人へ(1)

 

刺激といってもいろんな種類がありますが、僕は特に「」と「雰囲気」に敏感で、場合によってはすごく消耗してしまいます。

この点は会社勤めしてた頃に思い当たることは多々あり、その点も含めて各会社では苦労の連続でした。

 

相手の言葉などもそのまま受け取ってしまう特性もあるので、農業法人をクビになった際はこの点で特に辛かったです・・・。

またHSPという特性上、忙しいと混乱して消耗してしまうというのもあるので、少し暇くらいな感じでのんびり生活しています。

 

まだあまり知られていない気質でもあるので、TwitterやブログなどでHSPのことを発信して、同じように悩んでいる方のお力になれればと思います。

もし思い当たる節のある方は、コチラの記事でHSPについてまとめています

 

HSP(敏感すぎる人)についてまとめてみた

 

誰もが価値のある人という訴え

僕は会社をクビになりました。

そしてその時社長に、「あなたは価値のない人間だ!」と言われ、人格を全否定されました。

 

当時の僕はすごく落ち込み、社長の言葉を真に受けて

「僕は価値のない人間だ」

と思ってました。

 

でもこれまでブログで様々なことを発信していく中で僕自身変化して、今は自分にもできることがあると思えるようになりました。

オンラインサロンでブログを教えたり、今のメインテーマである「HSP」をもとにした一つの生き方を発信するなどして、自分にできることをやっています。

 

会社では役に立たなかったけど、人には必ず役に立てる場所や状況がある。

そんなこともブログやSNSの発信していけたらと思います。

 

クビになった時の詳細はコチラの記事

 

【パワハラ】農業法人のバイトを3週間でクビになった話

 

ブログ名「フリータイム」に込めた思い

フリータイムのロゴ

そんな僕が運営しているブログ「フリータイム -Free time-」

これまでの会社で仕事に忙殺される中で、生きているという感じがしませんでした。

 

なので、会社を辞めたら「のんびり生きよう!」というイメージはありました。

そんな思いをブログ名にしようと思った時に、僕の中では「暇な時間を増やしたい」と思いました。

 

そして暇な時間をブログ名に当てはめる中で、「フリータイム」という名前に行きつきました。

 

今の主な活動・仕事

ブロガー

当ブログ「フリータイム」を運営しています。

最近はHSPとメダカをメインに発信しています。

なお、2019年6月17日に開業届も提出し、正式にフリーランスとして活動しています。

 

オンラインサロン運営

2018年のの11月からはブログのオンラインサロン「ブログの学校」の共同運営もやっています。

サロン生に対し採点ツールを用いてブログのアドバイスなどを行っています。

 

本拠地スタッフ

2019年3月からは水戸にあるコミュニティスペース「本拠地」のスタッフともやっています。

火曜日と木曜日の午後は僕もいます。

基本的にはライター記事の作成などブログに関する仕事をしていますが、ブログをやっている方が来る方も多いのでブログに関する質問にも答えています。

ブログやSNS発信で分からない方はお気軽に聞いてください。

 

メディア掲載

茨城新聞

茨城新聞

カウンターの3人の真ん中が僕です

2018年1月10日の茨城新聞。

リバ邸茨城を取材していただく中で、僕も住人の一人としてインタビューを受けました。

 

会社をクビになった時のこと、リバ邸茨城に住もうと思ったキッカケなどを話しました。

ネット版はこちら→若者の再出発応援。坂東にシェアハウス

※現在、リバ邸茨城はつくば市に移転して、いろり亭‐空‐SORAとして稼働しています。

 

読売新聞

読売新聞

2017年12月8日掲載。

茨城新聞と同じくリバ邸茨城の取材と住人のインタビュー。

名前は出ていませんが、記事中の「7月から住み始めた水戸市出身の男性(29)」が僕です。

 

インタビュー

Youtube

・2019年4月18日

友達のインタビュー動画です。

ブログを始めたきっかけ、ブログに込めた思いなどを語りました。

 

ブログ

・2019年5月13日

【HSP対談vol.7】ブラック企業による洗脳に惑わされずに辞める方法とは?HSPの男性特有のつらさも

Twitterでも交流があり、同じくHSPについてブログで発信しているぽん乃助さんとHSPとブラック企業について対談しました。

僕のブラック企業(派遣事務、塾講師、農業法人)を退職する際のエピソードを事細かに話しています。

 

他、掲載次第追加予定

 

SNS・問い合わせ先

Twitter。メインのSNS。HSPのことをメインに発信しています

りょうた@のんびりHSPブロガー

 

Facebookページ。新規の記事やこれまで書いた記事を紹介しています。

フリータイム -Free time-

 

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