著者:長池涼太(ブラック企業研究家)
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僕は4年間塾講師をやっていました。長時間労働という問題があるなどいわゆるブラック企業ではありましたが、塾講師の仕事自体は好きでした。
授業するのは楽しかったですし、自分の授業で生徒の成績が上がるとやりがいも非常に感じました。建設会社事務や農業法人など他の仕事は短期で辞めた中で4年も続いた仕事なだけに、今でも塾や教育系の話題は気になります。
そんな中で先日SNSを見てて目に入ったのが大手予備校河合塾でストライキが行われるというニュース。塾など教育系の業界ではほとんど聞いたことがない話だったので、元塾講師としても見過ごせず情報を追ってみました。
河合塾でストライキが行われることになった
有名予備校の河合塾の自由が丘校で2025年5月21日にストライキが行われることが発表されました。
塾・予備校業界でのストライキは珍しく、しかも大手予備校でストライキが行われるということで業界内でも注目度が高く、SNSを見ると予備校講師の方で言及されている方もいました。
ストライキをやるということは業務がストップします。塾・予備校で言えば授業が止まることになるので、目に見えて生徒にも影響は出ます。その点で塾などの教育に関わる業界はストライキをやるハードルが他業界よりも高いですが、そんな中で河合塾が業界としては異例のストライキに踏み切りました。
なおストライキを行うのは河合塾ユニオンの委員長で物理の授業を担当している竹中達二講師1人で、90分の授業のうち最後の15分間をストライキに充てるとのことです。そこまで大人数・大規模なものではなく、生徒への影響を最小限に抑えるためにこの形になりました。

生徒のことを考えるとストライキは非常にハードルが高い。なお今回のストライキの詳細は河合塾ユニオンのHPでも紹介されているのでご参考に。
労働組合から河合塾への要求
1.物価高騰による実質賃金の低下を理由とする賃上げ。
2.主たる収入源が河合塾である場合、「委託」契約講師も「雇用」契約講師も同じ条件で私学共済に加入できるようにすること。
3.「委託」契約講師も実態が労働者である以上、無期転換権を認めること。
河合塾ユニオンがストライキへ突入! – 河合塾ユニオン
今回は河合塾の労働組合として河合塾ユニオンが河合塾へ上記の3つの要求をしました。しかし、要求はしたものの河合塾は応じませんでした。賃上げは他業界でも見られる動きなので割愛しますが、「私学共済」と「委託契約講師」に関しては業界ならではの問題も含むので以下で解説しました。
今回ストライキを行う竹中達二講師自身は無期転換をした雇用講師であり、私学共済に加入しています。竹中講師本人の労働者性はストライキの主張ではありません。やむを得ず委託契約を選択している他の講師の私学共済加入を要求しています。
私学共済への加入条件
私立学校に勤務する加入者とその被扶養者の健康の保持・増進と退職後の保障等を図り、もって私立学校及び私立学校教育の振興・発展に寄与するため、日本私立学校振興・共済事業団では、私学共済事業として短期給付事業、年金等給付事業及び福祉事業を行なっています。
私学共済事業の概要
私学共済は原則私立学校を対象にしたものですが、私立中学校や私立高校など以外にも「学校法人」の形をとっている場合も対象になり、今回の河合塾も「学校法人河合塾」という形なので私学共済の対象になります。
ただし誰でも入れるわけではなく、正規雇用などの労働者であれば労働日数などの条件を満たすことが多いのでOKですが、業務委託・委託講師のような形だと私学共生の加入対象にはならないことが多いです。
「1週の所定労働時間及び1ヶ月の所定労働日数」が、「当該学校法人等において使用される通常の労働者の所定労働時間及び所定労働日数」の4分の3以上であること
加入者となる人|私学共済事業
河合塾で正規雇用で雇われていれば私学共済には入れますが、今回ストライキをする講師は「委託契約講師」のため河合塾としては労働者の認識はされていないようです。
訂正:今回ストライキをする竹中講師は雇用講師で既に私学共済に入っています。今回のストライキでは、やむを得ず委託契約を選択している他の契約講師の私学共済加入を求めています。
ただ、委託とはいえ河合塾で講師として働いていることを考えると「時間拘束あり・出勤義務あり・教材指示あり」で実質的に労働者といえるであろう側面があり、この点で私学共済に入れないのはおかしいのでは?という話かと思われます。

このような「委託」か「労働者」かの認識・判断についてはよく問題になりますね。
委託契約から無期転換権(無期雇用)へ
26.有期労働契約から無期労働契約への転換
Q契約社員として10年働いているが、毎年の契約更新が不安だ。
A反復更新して5年を超える契約には無期転換ルールが適用される。法律のポイント同一の使用者との間で有期労働契約が通算して5年を超えて反復更新された場合には、労働者の申込みにより、使用者は無期労働契約に転換しなければならない。ただし、5年のカウントは、2013年4月1日以降に開始される有期労働契約とされている(労契法第18条)。
労働相談Q&A|26.有期労働契約から無期労働契約への転換
労働契約法第18条において契約社員などの有期雇用契約を結んでいる場合、通算5年以上働く場合は労働者からの申し出があれば会社は無期雇用(正社員など)にしなければならないとされています。
仮に5年以上やっていてかつ本人から申し出があったとすれば河合塾側としても法律の観点では無期雇用に切り替えなければいけないと思われます。
同業者によるストライキをやる講師への批判
僕の主観もありますが塾・予備校業界はストライキなど労働者が声を上げることは他の業界と比べてもかなり少ない印象はあります。今回の河合塾のストライキも初めて聞いたときはビックリしましたが、元塾講師として元勤務先以外も含めて塾業界の労働環境・条件の悪さは思うところもありました。
一方でストライキを実施することに対して「生徒に迷惑」「生徒のことを考えろ」といった批判もあり、河合塾と並んで有名な予備校の代々木ゼミナール(代ゼミ)の有名講師である荻野暢也講師も今回のストライキを行う講師に対して批判のポストを投稿していました。
もちろんストライキをやるということは授業も一時的に止まるので、授業・生徒にも支障が出るのは事実です。今回は5月という受験まで時間がある時期だからよかったですが、これが年明けなど受験直前だったら目も当てられない事態だったでしょう。
ただストライキは労働者の正当な権利であり、本来このようなストライキやストライキをする人への批判自体は全くもって的外れな話です。そもそも日本国憲法第28条においては「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」とされており、その中で
- 「団結権」
- 「団体交渉権」
- 「団体行動権(争議権)」
と3つの権利が保障されています。特にその中でも団体行動権がいわゆる「ストライキ」を指します。
・争議行為(ストライキ等の労働者の要求の示威又は貫徹のための圧力行為)及びその他の団結体の行動(典型的にはビラ貼り、ビラ配布、集会、演説などの情宣活動)を一定限度で保障する権利
スト規制法と争議権の保障について|厚生労働省
塾・予備校業界の場合、良くも悪くも「子ども思い」「子ども(生徒)第一」な方が多いため、風潮としてストライキなど会社に対して問題提起をする機会や発想がそもそもないのかもしれません。
塾業界は少子化の影響で苦しいとき
塾・予備校は当然ですが生徒(子ども)がいて成り立つものです。顧客=生徒ですからね。そのため昨今言われている少子化はそれだけ顧客の母数が減っているという点で塾業界は規模を問わず苦境に立たされている会社が多いです。2,30年前に比べると生徒数が半減している塾も珍しくはありません。
そのため売り上げも減るわけなので会社としても給料を上げたくても上げられない事情もあるのかもしれません。
ただ現状今回の河合塾のストライキも業界としては「異例な」ことなので、しっかり対話を書重ねつつ会社にとっても労働者にとっても良い方向に行ってほしいと思います。
今回の河合塾のストライキも規模感を考えると、今回のストライキでいきなり会社(河合塾)や業界が目に見えて変化することは考えづらいと僕は思っています。ただ、ストライキの前例を作ったという意義はあると思うので、今回のストライキを通じて業界の労働環境・条件の改善や再芸でも変化が進んでほしいですね。
まとめ
- 大手予備校の河合塾で講師がストライキをやることになった
- 河合塾の労働組合「河合塾ユニオン」から河合塾に対して、賃上げ、委託契約の講師の私学共済への加入、委託契約講師の無期雇用への転換を呼びかけたが河合塾は文書で請求を拒否した
- 予備校講師によるストライキやストライキをする講師への批判も見られた
- 塾・予備校業界自体が少子化で苦境に立たされている側面もある
今回は元塾講師として河合塾のストライキの件が気になったので記事にしました。
僕の場合は河合塾のような大手ではなく地方の中小企業の塾でした。実際にブラック企業の統計を取っていても感じますが、塾業界はブラックは多い印象ですし、またブラックになりやすい側面もあります。
代ゼミの荻野講師の批判のように「生徒に迷惑」と考える人が塾業界は多いので、その点でストライキなどの行動・問題提起を起こすのは他の業界よりハードルが高いです。
でも塾講師、予備校講師だって人間であり労働者です。
塾だから予備校だから特別なのではなく、愚直に労働環境・労働条件の改善を訴えていくのは大事ではないでしょうか?
今回の河合塾のストライキを通じてちょっとでも業界に変化があることに元塾講師としても期待したいです。
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