著者:長池涼太(ブラック企業研究家)
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就職活動や進路指導の場では、前向きな言葉が好まれる。
- 「自分を信じて」
- 「可能性は無限大」
- 「チャレンジすることに意味がある」
そういった言葉は確かに背中を押すし、学生の不安を和らげる効果もある。でも僕は、ブラック企業研究家としてこの問いを持ち続けている。その言葉は、本当に学生を守れているのか。
今回の記事はキャリア教育におけるポジティブな論調への違和感(気持ち悪さ)から「きれいごとだけのキャリア教育」の限界と、なぜ社会問題系の発信においてはネガティブな論調のほうが役に立つかという話です。

ブラック企業研究家
長池 涼太
ブラック企業において過労死寸前の長時間労働やパワハラを経験。その経験をもとに大学などでブラック企業の実態やブラック企業で壊されたキャリアの再生方法等を解説。
ポジティブなキャリア教育が見落としていること

キャリア教育の多くは「なりたい自分を描く」「強みを活かす」「行動することが大事」という軸で構成されている。それ自体は間違いではないと思います。問題は、労働環境などの『リスク』についての教育が著しく少ないこと。
- ブラック企業とはどういう企業か
- サービス残業は違法だという基本知識
- ハラスメントを受けたときの対処法
- 「やりがい搾取」という言葉の意味と実態
- 追い詰められたときの逃げ方
こういった内容が、学校の進路指導などキャリア教育で扱われることは、まだまだ少ないです。すると、何が起きるか?
- 社会に出た学生が、異常な労働環境を「これが普通なのかもしれない」と思い込んで耐え続ける(そして潰される)
- 問題を問題と認識できないまま、心身を壊す
知識がなければ、異常を異常と気づけない。これは、個人の「メンタルの強さ」だけではなく、教育の問題もあると僕は考えています。
ポジティブな言葉は、時に問題を「個人の責任」にすり替える

もう一つ、ポジティブな発信が持つ構造的な問題がある。
- 「考え方を変えれば乗り越えられる」
- 「つらいのは成長の証拠」
- 「環境のせいにするな」
こういった言葉は、ときに本来は企業・組織側にある問題を、個人の内面の問題にすり替えてしまう。ブラック企業問題の現場では、これが繰り返し起きています。実際僕のところにキャリア相談等に来た方もこのような言葉をかけられてきた人は多かったです。
過労で体を壊した人が「根性がなかった」と言われる。 ハラスメントを受けた人が「受け取り方の問題」と片づけられる。 限界になって退職した人が「甘え」と批判される。
もし学校のキャリア教育が「どんな環境でも前向きに頑張ることが大切」という価値観だけを植えつけていたとしたら、それは搾取される側に回る準備をさせているとも言えるのではないでしょうか?
ポジティブな言葉は人を救うこともあると同時に、「問題そのもの」を見えなくすることもあります。
社会問題は「不快さ」からしか動かない

過去に社会が改善されてきた場面を振り返ると、それは「耳障りのいい言葉」によってではなかった。問題を直視し、声を上げ、「それはおかしい」と言い続けた人たちによって、少しずつ変わってきた。
過労死が社会問題として認識され、法律が変わったのも。 パワハラが「指導」ではなく「違法行為」として定義されたのもすべて、不快な現実を直視した人たちがいたからだ。社会問題の発信は、ある意味でたとえば火災報知器など警報機の類に近いです。
- うるさい
- 不安になる
- 「そんなに騒がなくてもいい」
などと言われることもある。実際僕も当メディアやSNSの発信においてごく一部ではありますが「ネガティブな発信を止めなさい」「不快です」などと言われたことはありました。
でも、危険を知らせるためにこそ鳴り続けなければならない。耳障りのいい音では、誰も逃げない。キャリア教育においても同じことが言えると思っている。
「社会はこんなに素晴らしい」という発信だけでは、危険に気づけない学生を増やしてしまう。
限界状態になっている人には「現実を見ている言葉」が届く

すでに追い詰められている学生、ブラックな環境に放り込まれた人に、「頑張れば変わる」「環境を変えてみよう」という言葉は届きにくい。これは僕自身もブラック企業にいた頃に感じていました。このような前向きな言葉をかけられたところで、

そういうことじゃないんだよなー…
と毎回思っていました。
余力があるときには響く言葉も、限界状態では自責感を強めるだけになることがある。そういう人に届くのは、きれいごとではない。
- 「その環境、おかしい」
- 「つらくて当然だ」
- 「逃げていい」
現実をそのまま肯定する言葉です。
僕もブラック企業にいた経験はありますが、そのときに「前向きに頑張れ」と言われても、響かなかったです。それより「この状況、構造的におかしいんだよ」という言葉のほうが、ずっと救いになったはずです。
ポジティブな発信は、余力のある人には届きやすい。でも限界にいる人には、「現実を理解している言葉」のほうが届く。教員・支援者の立場でも、同じことが当てはまるのではないでしょうか。
「絶望させる教育」ではなく「現実から逃げない教育」

ここまで読んで、「そんなに暗いことを教えたら、学生がやる気をなくすのでは?」と感じた方もいるかもしれない。それはある意味間違ってないと思う。ただ、僕が主張したいのは決して学生たちを絶望させることではない。
「現実を直視した上で、どう生き延びるか」を一緒に考えることです。
きれいごとを言わないのは、問題から目をそらさないため。 ネガティブな論調を選ぶのは、本当に危険なことを本当に危険だと伝えるため。
希望だけを語るのではなく、まず現実を語る。そのうえで、逃げ道や選択肢を提示する。たとえば、以下のような内容をキャリア教育に組み込むことで、学生は「知識の防具」を持って社会に出られる。
- ブラック企業の見分け方(求人票・面接・入社後のサイン等)
- 労働基準法の基本(残業代・有休・解雇のルール)
- 「やりがい搾取」の構造とその言語化
- 追い詰められたときの相談先・逃げ方
- 早期退職・転職が「失敗」ではないという認識
こういった知識は、学生を後ろ向きにさせるものではない。むしろ、自分の状況を客観視し、問題を問題として認識できる力になる。
キャリア教育に携わる方へ

「きれいごとだけじゃない、現実のキャリア教育」を届けたいと思っている教員・支援者の方は、ぜひ一度話を聞いてほしいです。僕自身の経験と、300件以上の労働問題事例の研究をベースに、学生や当事者の目線で伝える内容を準備しています。
社会に出る前に「知っておくべきこと」を届けることが、今の自分にできる一番の仕事だと思っています。
ブラック企業・労働問題・キャリアリテラシーについて、学校・大学・教育機関でお話しします。教員・進路指導担当・キャリアセンターの方からのご連絡をお待ちしています。

