著者:長池涼太(ブラック企業研究家)
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- 「会社の飲み会は行きたくない」
- 「飲みニケーションなんて時代遅れ」
SNSを見ていると、こうした声を目にすることが増えました。上司からの参加強制、断りづらい空気、セクハラ・アルハラまがいの行為など、飲み会にまつわるネガティブな話は後を絶ちません。
一方で、10年間ブラック企業を研究してきた立場から見ると、飲み会そのものを「悪」と一括りにしてしまうのは、少しもったいないと感じています。この記事では、飲み会が本来持っていた機能を整理しながら、何が問題で、何を残すべきなのかを考えていきます。

ブラック企業研究家
長池 涼太
ブラック企業において過労死寸前の長時間労働やパワハラを経験。その経験をもとに大学などでブラック企業の実態やブラック企業で壊されたキャリアの再生方法等を解説。
飲み会が「悪」と言われる本当の理由

飲み会に否定的な意見が集まる理由を分解すると、実は「お酒を飲むこと」自体が問題なのではなく、その周辺にある「強制」や「ハラスメント」が問題であるケースがほとんどです。
具体的には、次のような要素が「飲み会=悪」というイメージを作り出しています。
- 上司から参加を事実上強制される
- 断ると後で嫌みを言われたり、評価に影響しそうな空気がある
- 幹事や準備の役割が新人に押し付けられる慣習
- 勤務時間外の拘束でありながら、実質的に業務の延長のように扱われる
- お酒が飲めない体質の人にまで飲酒を強要する(アルコールハラスメント)
- お酒が入った場での不適切な身体的接触などのハラスメント行為
実際に寄せられた相談でも、飲み会の場で上司から体を触られ、それを別の上司に相談したところ「よくあることだから」と軽く流されてしまった、というケースがありました。これは飲み会がどうこうという以前に、明確な問題行為です。こうした事例が積み重なることで、「飲み会そのものをなくすべきだ」という主張につながっているのだと考えられます。
飲み会の本質は「お酒」ではなく「コミュニケーション」

飲み会の本質は、お酒を飲むことそのものではなく、仕事以外の場でコミュニケーションを取ることにあります。上司と部下の距離を縮めたり、同僚同士の関係性を作ったりすることが本来の目的であり、お酒はあくまで手段のひとつに過ぎません。
普段の業務の中では、上司がどんな人柄なのか、部下が何を考えているのかを知る機会は意外と少ないです。仕事だけの関係では見えてこない一面が、雑談を交わす中でふと見えてくることがあります。例えば、業務中は近寄りがたい雰囲気の上司が実は「お子さんのサッカーの応援に熱心なお父さんだった」みたいな発見です。こうした「意外な一面」を知ることで、相手への心理的な距離が縮まり、結果として職場の人間関係が円滑になるというメリットは侮れません。

また、業務に直接関係のない雑談を交わせる関係性ができていると、いざ何か相談したいことがあったときに声をかけやすくなる、という副次的な効果もあります。昨今は退職代行の台頭が企業を悩ませるところもありますが、そもそもこのような相談をしやすい仕組みができていれば、仮に退職をするとしても退職代行は使わないのではないでしょうか?
仕事の話だけで信頼関係を築くのは、実はかなり難しいことです。
僕の元職場の飲み会事情
僕はこれまで建設会社・学習塾・農業法人という3つの職場を経験してきましたが、このうち社内飲み会があったのは建設会社と学習塾の2社でした。
建設会社。昭和っぽく気を使う場面が多かった
建設会社では、まだ昭和的な価値観が色濃く残る職場で、新人として気を使わなければならない場面が多く、正直なところ居心地の良い飲み会ではありませんでした。実際その後人間関係が悪化し上司に追い詰められて、鬱寸前にまで追い込まれたので。
学習塾。変に気を遣うポイントもなく楽しかった
一方、学習塾では入社から1年の間に3回ほど飲み会がありましたが、いずれも楽しい時間だったと記憶しています。新人だからとお酌に回らなければいけないなども特になく変に気を遣うポイントもなかったので。
たとえば入社直後の飲み会はいろいろな上司と話す機会を持てたことで、その後の職場での距離感がぐっと縮まり、雑談もしやすい関係性を築くことができました。後に長時間労働などブラックな側面が見えてきた職場ではありましたが、上司など社内における人間関係そのものは良好だったと感じています。
同じ「飲み会」という制度でも、やり方・雰囲気次第でここまで印象が変わるという点は、飲み会の是非を考えるうえで重要なポイントです。
なくすべきは「飲み会」ではなく「強制」と「ハラスメント」

以上を踏まえると、議論すべきは「飲み会をなくすかどうか」ではなく、飲み会という形式に付随している問題をどう取り除くか、という点だと考えています。なくすべきものは明確です。
- 参加の事実上の強制
- 欠席者への不当な扱いや嫌み
- お酒を飲めない人への飲酒の強要(アルハラ)
- セクハラなどのハラスメント行為
これらは飲み会の有無に関係なく、職場から排除されるべき問題です。
一方で、機能そのものまで一律になくしてしまうと、「仕事以外の場で人間関係を築く機会」も同時に失われてしまいます。これは組織にとっても、個人にとっても、もったいないことだと感じています。特に地方の企業や中小・零細企業のように従業員の数が少ない会社ほど人間関係の影響も大きいので、より考えるべきところです。
飲み会に代わる形を変えたコミュニケーションの工夫

飲み会(交流の場)を完全になくす必要はなく、形を変えることでハードルを下げることは十分に可能です。
- 夜の飲み会ではなく、ランチ会形式にする:勤務時間内に行うことで、お酒を前提としない場になり、飲めない人・苦手な人も参加しやすくなります。
- お酒を伴わない食事会やお茶の時間を設ける:仕事終わりに軽く食事をするだけでも、雑談の機会としては十分に機能します。
- 社内イベント(バーベキューやスポーツなど)を活用する:お酒を飲む・飲まないに関わらず、共通の体験を通じて関係性を築くことができます。
重要なのは、「お酒を飲む場」ではなく「コミュニケーションを取る場」として設計し直すという視点です。この視点さえ持てば、時代に合わせて形を変えながら、飲み会が本来持っていた機能を残していくことができます。
特に茨城県などの地方は車通勤の方が多く、お酒を飲めるタイミングも限られるため、お酒を伴わない交流の機会はより重要になってきます。
まとめ|飲み会そのものが本当に悪なのか?
飲み会に対する賛否が分かれるのは自然なことですし、否定的な意見が出てくる背景には、実際に起きているハラスメントや強制参加といった深刻な問題があります。これらは今後も明確に是正されるべきです。
一方で、飲み会が本来担ってきた「仕事以外の場での人間関係構築」という機能まで一緒に否定してしまうのは、少し違うのではないかと感じています。大切なのは、「飲み会をなくすか残すか」という二択ではなく、「強制やハラスメントをなくしつつ、コミュニケーションの機能をどう残すか」を考えることです。
会社の飲み会に対してモヤモヤを感じている方は、一度「飲み会そのものが嫌なのか」「強制されることが嫌なのか」を切り分けて考えてみると、自分にとっての本当の課題が見えてくるかもしれません。

