著者:長池涼太(ブラック企業研究家)
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「教育は未来を作る、尊い仕事」
そう信じている人は多いはずです。
ブラック企業問題として知人からの情報提供や報道された労働問題の情報収集、研究してきてとった統計データによると、その約15%が教育業界から寄せられており、公務員(約20%)に次ぐワースト2位という驚くべき実態があります。
「聖域」とも呼ばれるはずの教育現場で、なぜこれほど多くの労働問題が起きているのでしょうか。本記事では、教育業界の労働問題を5つの構造的パターンに分けて解説します。塾講師、教員、保護者など、教育に関わるすべての方にぜひ読んでいただきたい内容です。

ブラック企業研究家
長池 涼太
ブラック企業において過労死寸前の長時間労働やパワハラを経験。その経験をもとに大学などでブラック企業の実態やブラック企業で壊されたキャリアの再生方法等を解説。
教育業界の労働問題は「聖域」の裏に隠れている

教育現場のイメージといえば、好奇心あふれる子供たちの笑顔と、情熱を持って向き合う先生たちの姿ではないでしょうか。もちろんそれは真実の一面です。しかし、その輝かしい理想の裏側では、心身をすり減らし、時に命を落とす教育者たちの現実があります。
涼しく生きるでは独自に全国のブラック企業・労働問題の情報を集め統計をとっています。集めた労働問題データの約15%が教育業界から寄せられており、これは全業種の中で公務員(約20%)に次ぐワースト2位の水準です。学校教員・塾講師・大学教職員など、教育に携わる人々が訴える問題は深刻で、かつ多岐にわたります。
教育業界で見られる労働問題の主なパターン5選
なぜ、崇高な使命を掲げるはずの業界がこれほど多くの人を追い詰めるのか?
全国の教育業界の労働問題の統計を取ると、その答えは5つのパターンにまとまりました。
パターン①:大学・研究室に潜むアカデミックハラスメント(アカハラ)

大学の研究室は、教授の権威が絶対的になりやすい閉鎖的な環境です。その結果、若手研究者や大学院生、助教といった立場の弱い人々がハラスメントの標的になりやすい構造が生まれています。
「講師のレベルでない」「英語が貧弱」との言葉や、無断で私物を廊下に出すなどの言動約20件をアカハラと訴えたが、大学側はすべてを「該当しない」と否定した。
一方、労働基準監督署は大学とは違い、教授のパワハラを認定し、女性がうつ病になった原因だとして労災認定した。
教授のアカハラすべて否定 大学の報告書から見える「社会とのずれ」|朝日新聞
山口大学で起きたケースでは、指導教官から能力や人格を継続的に否定され続けました。大学側は当初「個人間の問題」として取り合いませんでしたが、最終的に労働基準監督署が介入し、うつ病による労働災害として認定されています。
「教授と若手研究者」という逆らえない権力構造こそが、アカハラを長期化・深刻化させる最大の要因です。被害を受けても「研究を続けるためには我慢するしかない」と追い詰められるケースが後を絶ちません。
パターン②:予備校の不安定な雇用と正当な権利への圧力

学習塾・予備校では、また別の形の労働問題が浮かび上がります。生徒獲得をめぐる激しい競争の中で、ベテラン講師であっても「業務委託」という不安定な立場に置かれ続けるケースが少なくありません。昨今は少子化も進んでおり、ただでさえ塾・予備校は集客に苦労しています。小規模なところほど苦労はしていますが、かといって大手だから安泰とも必ずしも言えません。その中で特に大手予備校においては、講師を労働者ではなく「業務委託」として扱い、給料などのコスト削減を図っているようです。
2025年5月に大手予備校・河合塾で起きたストライキはその象徴的な出来事です。長年教壇に立ってきた講師たちが、正社員としての雇用ではなくいつでも契約を切られるリスクのある業務委託契約に縛られ続けていたことに対し、処遇改善を求めて声を上げました。
特徴的なのはそのストライキに対する反応です。ほかの予備校の講師など同業者たちから「生徒に迷惑がかかる」と強く非難されたのです。たとえば代々木ゼミナールの有名講師の荻野暢也さんのポストが良い例です。
予備校でのストライキは授業を止めるので、「生徒に迷惑がかかる」は確かにそうです。
一見もっともらしい批判に見えますが、「生徒のため」という誰も反論できない言葉を使って、労働者の正当な権利主張を封じ込める構造、「呪いの言葉」として機能していたと言えます。
パターン③:過労死|教育への情熱が命を奪う悲劇
遺族は「過重な業務や保護者からのクレーム対応などで精神障害となった」として労災申請したが、労基署は当初、1カ月の残業は最大61時間ほどだったとして、21年3月に不支給処分を決定。遺族は決定取り消しを求め東京地裁に提訴した。遺族側は児童の見守りで休憩時間が取得できていなかったことや、行方不明前日に保護者らとトラブルになっていたと主張していた。
東京の私立小教諭死亡、労災認定 過重業務で精神障害発症
5つのパターンの中で最も痛ましいのが、過労死です。たとえば東京・玉川学園の39歳の小学校教師が、過酷な長時間労働と保護者からの絶え間ないクレーム対応による極度のストレスから、自ら命を絶ちました。
子供たちのために誠実に向き合い、情熱を持って働き続けた教師が、その情熱ゆえに命を落とす。これは決して「特殊な事例」ではありません。教育現場では、仕事への純粋な使命感が「もっとやれるはずだ」という自己犠牲を美化する空気に変わりやすく、限界を超えても「子供のために頑張る」という言葉で限界をごまかしてしまう構造があります。過労死まで行かずとも長時間労働で体調を崩したり、メンタルに支障をきたす話は僕自身もNPO法人教員支援ネットワークT-KNITの活動の中でもたびたび耳にしました。
また僕が勤めた塾も労働時間はかなり長くなったこともあり、一時は常に体調が悪い状態でした。塾・予備校では成績を上げるためにアレコレやった末に、労働時間がとんでもないこともなるのもありがちです。
パターン④:妊娠・出産を阻む組織の体質
女性教職員が直面する問題も深刻です。キャリアと結婚・出産を両立しようとする際、目に見えない壁が立ちはだかります。
奈良県立医科大学(橿原市四条町)の臨床教育の講座に所属し、同大学付属病院に勤務する女性医師が産前休業中の2022年1月、上司からの連絡で職場に出向いた帰りに転倒、緊急入院し、帝王切開で出産した。妊娠38周で出産直前だった。上司の対応は休業妨害に当たるなどとして、大学にハラスメント相談をしたが退けられた。
奈良県立医大、ハラスメント相談を「悪意なし」と退ける 出産直前の女性医師に上司から連絡 出向いた帰りに転倒、帝王切開
奈良県立大学では、妊娠38週という臨月間近の女性医師が、三交代勤務中にも関わらず上司に呼び出され、その帰り道に転倒するという事態が起きました。緊急帝王切開を余儀なくされた彼女のケースに対し、大学側は「悪意はなかった」とコメントしました。
しかし、「悪意がなかった」という言葉は、最も保護されるべき人を危険にさらしたことへの説明にはなりません。これは個人の配慮不足ではなく、妊娠・育児に対して組織全体の意識と体制が時代遅れのままであることの表れです。
また北海道大学においても、産休・育休を取った女性助教授が1年更新への切り替え、雇い止めになったケースもありました。
訴状などによると、女性は2020年4月、北大の助教として5年間の任期で採用され、22年に産休と育休を計5カ月取った。復帰後、上司の男性教授は出産・育児を理由に、1年更新の職種への切り替えを要求。女性は3年雇用するとの覚書を教授と交わした上で、1年更新の博士研究員になったが、実際は1年で雇い止めになった。
「産休後に降格、雇い止め」 元助教が北大と教授提訴
また、僕が勤めていた学習塾も女性は非常に少なく、塾・予備校も全体として女性は他業界と比べると少なめの印象です。そのため業界自体が産休や育休への理解が薄かったり、女性への扱いが悪いのもありがちです。
パターン⑤:校長・主任による権力を使ったパワハラ
5つ目は、最もわかりやすい権力の乱用、パワハラです。校長や教頭・主任といった管理職が、地位を利用して部下の教員を精神的に追い詰めるケースが各地で報告されています。
県教委によりますと、朝の5時前から23時頃まで電話やメールで業務上の指示を行い、部下の教職員の1人に対しては1日に40件以上メールを送信していたということです。
また校内の全校集会で、全校生徒の前で教職員を大声で叱責したり、校長室に職員を呼んで他の職員にも聞こえる声で叱責を行ったということです。
朝5時から深夜までメール攻撃 1日40通…校長をハラスメントで懲戒処分、教諭へ降任 本人は否定「指導だった」 長崎県教委
長崎県の公立小学校では、校長が特定の教員に対して早朝5時から深夜を過ぎても繰り返し携帯に連絡をし続けるという嫌がらせが行われました。これはもはや常軌を逸しており「厳しい指導」ではなく、一方的な精神的暴力です。学校という閉鎖空間の中では「逃げ場がない」という状況が被害を深刻化させます。
『子供のため』はすべての問題を正当化する「魔法の言葉」
僕自身、先述の教育業界の労働問題の情報を集める一方で、NPO法人教員支援ネットワークT-KNITの理事と広報をやっており、僕自身も塾講師の経験があります。
NPO法人の活動の中で教員など教育にかかわる人にたくさん出会ってきましたが、ほとんど全員が子供思いのいい方でした。また、僕も塾講師をやっていく中で生徒と接する時間は純粋に楽しかったと感じました。その中でピーク時は過労死寸前の状態になるくらい労働環境が悪化しました。
今考えればもっと早く辞めても良かった気もしますが、退職を思いとどまった理由の一つに生徒のことも頭にありました。
そしてここまで5つのパターンを見てきましたが、これらすべての問題の裏側で共通して機能しているであろう言葉・考えがあります。それが「子供のため」という言葉。
本来は教育者の純粋な使命感から生まれるこの言葉が、教育現場では「免罪符」として機能してしまっています。もちろん生徒に罪はないですが、子ども思いになりすぎるとそれは単なる自己犠牲になってしまうこともあります。
このプロセスは以下の3つのステップで進みます。
- 子供を助けたいという純粋な使命感(これ自体は素晴らしいこと)
- その崇高な気持ちが、無賃残業・自己犠牲を「美徳」にすり替える
- 労働環境への正当な不満を「自己中心的で子供のためにならない」とラベリングし、声を封じる
長時間労働も休日出勤も「子供のため」と言われれば、誰も文句が言えなくなる、この空気こそが問題の根源です。情熱を持った人ほど使命感を逆手に取られ、深く傷ついていきます。
教育者を守るために、社会に求められること

教育の質は、教育者・労働者が守られてこそ高まります。僕自身も、塾講師としての仕事が充実していたと思いつつ、同時に過労死寸前まで追い詰められていたのもまた事実です。「最高のやりがいと死の危機が隣り合わせ」これがこの業界の恐ろしさです。
問われるべき本質は「子供のためになる環境を作れているか」ではなく、「教育者(労働者)が健康で情熱を持って働き続けられる環境が整っているか」です。
まとめ|労働者を守ることが子供を守ることにもなる

教育業界の労働問題は、次の5つの構造的パターンとして現れています。
- アカデミックハラスメント(大学・研究室)
- 不安定雇用と正当な権利への圧力(民間塾)
- 過労死(長時間労働と精神的ストレス)
- 妊娠・育児を阻む組織体質
- パワーハラスメント(管理職による権力の乱用)
そして、これらすべてを正当化してきた「子供のため」という免罪符の構造こそが、問題の根本にあります。教育現場の健全化は、そこで働く人々の声を正面から受け止めることから始まります。


